LM * The Letters about a MOVIE.

映画に関する君への手紙。

ピアノ・レッスン THE PIANO vol.001

前略、元気ですか?

今日は、なんとなく思い出したので、

僕が子供の頃のことを書こうと思います。

僕は、小学校1年の時から、中学2年まで、

足掛け8年もの間、ピアノを習っていました。

と言っても、僕が他の子に較べて、

特に音楽に興味を持っていたわけでも、

ピアノを弾きたがったわけでもないんだけど。

小学校に入る頃、うちにピアノが来ました。

どこから来たかと言うと、いとこのうちからです。

そのいとこは、当時既に、音大に通っていて、

それまでは、年代ものの古いピアノを弾いていたんだけど、

新しいピアノを買ったんです。

それで、いらなくなった、古いピアノがうちにやって来たというわけ。

そして、俄かに音楽教育に目覚めた母親に連れられて、

僕は、近くのピアノ教室に通うことになりました。

ピアノ教室というと、個人でやっていることも多いけど、

その教室は、経営者のおばちゃんがいて、その下に、

10人近くのピアノ教師を抱えている、結構大きなところでした。

当時、すごーく愛らしくまじめな少年だった(?)僕は、

経営者のおばちゃんにも、とても気に入られ、

ピアノの練習を始めることになりました。

毎日、家で練習して、週1回、教室に行き、先生に聞いてもらう、

という感じです。

最初に僕についた先生は、

声楽家にいるような、ちょっとでっぷりとした体型の人。

でも、陽気というより、まじめ、という人でした。

小学校1年生に、何かを教えるなんて、凄く大変そうだよね。

それに、僕は別にピアノが好きだとかそういう意識もなかったからね。

先生もまじめ、僕もまじめ。(ホントだってば)

好きでもないけど、練習だけはしていて、

大きな問題もなく、バイエルやら、ブルグミューラーやら、

チェルニー30番やらを練習して何年かが過ぎました。

ある時、先生が、遠くへ引越しすることになり、

別の先生に変わることになりました。

新しい先生に変わる初日に向け、

僕はいつもにも増して、入念に練習しました。

今までの先生だったら、よく出来ました、と言って、

楽譜に花マルを書いてくれ、じゃあ次の曲に行きましょう、

と言ってくれる完成度に到達し、

僕は、それなりの自信を持って新しい先生の待つ教室へ行きました。

ところが、

新しい先生は、僕の演奏を聴いて言いました。

あたしは、そういう弾き方嫌いだなー。

これには、目の前が、暗くなりました。

絶対、前の先生だったら褒めてくれるのに、

自信もあったのに、「嫌いだなー」です。

この時、この先生は24歳。

君の周りにも、その位の年齢の同僚がいると思います。

ちょっと、想像してみて。

24歳のちょっとだけ勝気な性格の女の子が、

「嫌いです」でも、「嫌いだな」でもなく、

相手の気持ちに無頓着な様子で、語尾を延ばして、

あたしは嫌いだなー

と言い放つところ。ムカつくでしょ?

今だったらムカつくだけだけど、小学4年生には、

どうして良いか分かりませんでした。

先生は、前の先生の教え方がどうだったか知らないケド・・・、

みたいな事を続けて言っていますが、

僕の耳には、もうその言葉は入りません。

我慢しよう、我慢しよう、と思ったけれど、

僕の目からは、ポロポロ涙がこぼれました...

こんな風に始まった、

この先生との関係だけど、

それから、4年間も続きました。

最初の1年くらいは、

まあ、それなりという感じでしたが、

だんだん、だんだん、

この先生と僕、

ウマが合ってきました。

週1回、30分間のピアノのレッスンと言っても、

ピアノだけ弾いているわけでもないし、

音楽の話だけしているわけでもありません。

自然といろいろな話をするようになります。

学校のことや、その頃僕が通っていたスイミング・スクールのこととか、

いろいろな話をしていたと思います。

それに、小学生の僕にとって、彼女は、

親と学校の教師以外で、親しく接することのできる、

数少ない大人の一人で、とても大きな存在です。

もしかしたら、僕は、彼女の影響を多分に受けていたのかも知れません。

そんな感じで、ピアノへの情熱は、

相変わらずだったけど、僕は毎週、教室に通い続け、

僕が中学に入った頃には、

30分間のレッスンはすっかりおしゃべりタイムと化し、

僕と先生と2人合わせても、ピアノを弾いているのは、

30分のうち、5分くらい、という状態でした。

一度、経営者のおばちゃんが、

僕達のレッスンに聞き耳を立てていて、

レッスンが終わり家に帰ったころに電話がかかってきて、

全然ピアノを弾いてなった!やり直し!

と言われ、その週だけ、

2回レッスンをしたことがありました。

先生は、経営者のおばちゃんに、

随分怒られたみたいでした。

でも、僕には、

いいよ、気にしなくて。
おばちゃんは、君が小学生だった頃のまじめまじめしたイメージをまだ持ってて、怒ってるけど、わたしは今の君を分かってる。ピアニストになったりする必要もないし、身の回りの音楽とうまくかかわって、楽しんでいくことが出来る様になったらいいと思っている。
そして、いつかもしかして、ピアノを弾きたいと思った時に、今やっていることが役に立てばいいと思っているから。

と言っていました。

どうも、経営者のおばちゃんは、僕が、

お気に入りだった素直な良い子のままだと思っていて、

先生が僕に悪い影響を与えている、と思っていたらしいです。

今、考えてみると、先生は、なんだかんだ言っても、

お金を貰ってるピアノの先生なんだし、しかも人に雇われてる立場です。

僕とのレッスンが、

すっかりおしゃべりタイムになってしまって、

全く何も考えなかったとは、思えません。

でも、僕には、あまりそんなところを見せずに、

他愛もない子供の相手をして、話を聞いてくれていたんだと思います。

そんな先生との関係も、終わる時が来ます。

彼女は、結婚することになり、教室をやめていきました。

最後に、経営者のおばちゃんに、

彼が、ピアノ教師を続けるんなら、もっとちゃんとしたところでやれ、と言ってるんで、やめます!!!

という捨て台詞を残して行ったらしいです。

どうも、折り合いが悪かったみたい。僕のせいもあるのかも知れません。

今、僕には好きなものがたくさんある。

音楽も、その中の一つだと言えると思う。

でも決して、音楽的才能に恵まれているわけでもないし、

No Music, No Life.

という程でもない。

ピアノを弾くことも、今はなくなってしまった。

そんな僕が、今も日常の中で好きな音楽を選び取る、

ということを、やめないでいるのは、この先生のおかげなんだと思う。

いつか、また彼女に会うことがあるだろうか?

今、僕は、彼女が結婚してピアノ教室をやめていった時よりも、

歳をとっている。彼女に会うことがあったら、なんと言おうか?

時々、そんな風に思う。

ところで、全然映画の話をしていなくて、怒ってる?

まあ、いいじゃない。

と言って、終わりにしても良いんだけど、この映画には思い出があります。

また、後で続きを書きます。

では、また手紙を書きます。

今度、一緒に映画を見に行こう。

つづく